トロント(カナダ)への移住体験実例

前回は海外在住者として普段使いする6枚のカードについて書きました。今回はビザに焦点を当てて、体験談的にトロント(カナダ)移住について書いてみたいと思います。

この記事の目次

ビザ申請は専門的な知識のもとに行われる必要があります。今回のブログは、20年近く前の経験のため現在は申請要件も変化しているかと思います。その分は差し引いて読んでください。カナダ国内に滞在しながら移民ビザを取得したというストーリーです。カナダ国外からのものとは異なります。

カナダへ短期留学(1996年)

トロントに到着したのは1996年3月、年齢は36歳、妻と息子2人(5歳と2歳半)の家族はじめての海外生活でした。

事前に日本で留学斡旋業者から提示された候補はアメリカ・オーストラリア・イギリスの3カ国。思えば出発前からトラブル続き。アメリカ議会に予算が通らずビザオフィスを一時的に閉鎖するという事態が発生したため、急遽変更してカナダに決まったという具合でした。「学生の頃絵葉書で綺麗な写真を見た」とか「たまたまキーホルダーがカナダ国旗だった」という「薄い縁」に加えて安全で住みやすそうだという印象が後押ししたのは事実です。

ビザ申請には、青山のカナダ領事館面接が必要でした。審査官に「ビザの期間が終了したら必ず帰国してください」と念押しされ(不法滞在などしないように)、書類を受け取り、日本を引き払って成田〜シカゴ〜トロントと乗り継いでカナダに到着。パスポート・コントロールで書類を見せると「別室へ」と言われ、ここで学生ビザ(写真)を発給してもらいました。

悪夢のビジタービザ延長(1997年)

当初の予定は半年の英語学習(ESL)のみ。ただアメリカ側の申請がうまく進まず、予定されていたように道が開けないという問題に直面しました。

止む無く学生ビザ延長になるわけですが、3カ月の授業料を前払いして得る証明書は経済的な負担が大きく、一旦ビジタービザに落とし、再度学生ビザに上げるという問題の多い選択肢を選んでしまいました。

延長申請を済ませてしばらくすると、係官から電話がかかってきました。内容は「カナダのビザオフィスです。あなたの延長申請は受け入れられませんので、出国の手続きを取ってください」という衝撃的なものでした。カナダ国内でビジター→学生のビザ延長申請は受けられない、という原則(当時)を知らなかったミスです

慌てて「それはとても困る」と訴えると、出国まで2週間の猶予を与えるというオプションをくれましたので、早速専門業者を探すこととしました。

信頼できる弁護士を探す

限られた時間で、ビザを専門に扱う弁護士探しは難航しました。数少ない知人のアドバイスも参考にし、最終的にお願いしたのは日本人のアシスタントがいた事務所(現在は閉業)。直近の解決策に納得がいったことと、手数料がちょうど頃合いだったことが決め手でした。

提示されたのは、下記の書類を持って一人で一旦アメリカに出てデトロイトのカナダ領事館で学生ビザの申請をするという、私にとってはウルトラC。

1)1年オープンの航空券を購入
2)学校からの証明書と銀行口座の残高証明

領事館では「カナダに滞在したい、ということを真剣にアピールしてきてください」というアドバイス。あとは当日の審査官次第、失敗したら即刻日本に帰国という状況のまま他に選択肢はないので、意を決して向かいました。

人生でこれほど怖い思いをしたこともまあなかったかもしれないですね。トロントからウインザー経由のバスでアメリカに出国し、デトロイト市内に1泊。翌朝朝一番に領事館で順番待ちの札を取り、1時間ほどで呼ばれるとガラス越しに資料を渡し「カナダに滞在したい」ということを真剣にアピール・・・のはずでしたが、言葉を発する前に審査は終わりビザを手にしてトロントに戻ってくることができたは奇跡的だったのかもしれません。

カナダに長く住む方に、「ここに長く住んでいられるのは、縁がある人」と言われたことがあります。そう言うものが私たちにあったのだとすれば、それがこの難局を切り抜けた原動力だったのかもしれません。

この世界は結果次第。難局を切り抜けたことを受け、今後について相談をはじめました。

労働ビザから移民申請へ(1998年〜1999年)

これ以上の長期滞在は労働ビザ(ワークパーミット)を取得し、さらに移民も視野に入れた解決策を探るべきだというもっともなアドバイスをもらいました。

最初は考えていなかったカナダでの生活(トロントで暮らす)を決めた最大の理由は、当時6歳と4歳になろうとする息子達の教育でした。目的が、自分の語学留学から子供たちを育てることに変わった人生の分岐点が、今思えばこの時期だったのですね。

いずれのビザ申請には、受け入れてくれる組織からのレター取得が絶対条件。内容は、

1)身元を保証すること
2)年収を提示すること
3)ビザが取れたら必ず雇用をするという約束

この3点。ハードルは高く、入手に多くの方々の助力を受けられたことは感謝でした。振り返ってみれば決め手となったのはボランティアでお手伝いをしていた所に相談ができたこと。北米は実力主義と思われがちですが保守的な街トロントでは人間関係がとても大事です。

カナダは移民の国で、我々のように一旦入ってからビザを変更する時の選択肢は多いと思います。自力で申請も可能で、そうしている人も多いと聞きます。いずれの方法でも変わらないのは、ビザを受ける条件。これを満たせなければ、原則無理なものは無理高いお金を払えば確約がもらえるというのはまちがいです。決定を行う移民局からはほとんど情報は入って来ません。長い期間経過がわからないのが普通で、多くの前金を払う弁護士を使っても、この状況は変わりません。

大事なことがあるとすれば、初回の相談時に自分がビザ申告の要件を満たしているかどうかをしっかり見極めること。当時強く言われたのは、就職先から具体的な雇用のレターが得られること、日本での学歴、語学の3つ。

特に、学歴と日本での職歴、トロントでの職業の繋がりに一貫したストーリーがあること。これらに一貫性がないと、申請通過は難しいかもしれません。例えば映像の専門学校を卒業しているのにカナダで寿司職人になるのはNGといった具合です。

私の場合、日本での成績証明書、学歴、職歴を証明する書類にすべて目を通した結果、要件をクリアしているとのこと。

1998年2月にワークパーミットを申請。次いで移民を申請し、犯罪証明書、健康診断書を提出後は仕事をしながら許可が降りるのを待つ生活が始まりました。

移民ビザ取得

手元の書類を見ると、取得年月日(LAND)は1999年4月10日。申請してから1年2カ月後、英語の面接は免除でした。当時としては早いほうだと言われましたが、この日ようやく得たビザの不安からの解放感は今でもよく覚えています。

ビザ交付は国境での入国時のみ。移民局からのレターとパスポートを持ちナイアガラ国境へレンタカーで向かいました。日本のパスポートでレインボーブリッジを渡り、アメリカに出国。すぐUターンしてカナダ国境側にまわり、移民ビザ取得のために来たことを告げると、当時工事中だった掘っ建て小屋のようなプレハブの前に駐車するよう言われ、建物内で手続きが始まります。

係官が談笑しているところに書類を出すと、今は懐かしいドットプリンターがバリバリという音を立てて書類を吐き出し、そこにサインをしてコピーを受け取ります。

右が移民ビザ。左の通常のものに比べると大きいですね。妻と息子たちはいわゆる家族クラスと言う私のビザにくっついているステータスになります。

カナダに初入国したのが1996年3月、この日は1999年4月でしたから、紆余曲折を経て3年後にここまでたどり着いたというわけです。労働ビザはレターを発行してくれた場所でしか働くことはできませんが、移民ビザを受け取ったこの日から、私はカナダ国内のどの場所でも働く権利を得たことになります。

PRカードの申請と更新について

世界同時多発テロ後の2002年に、移民全員に身分証明PRカード(移住者カード)が義務付けられました。最初の申請は混乱気味で、日本への一時帰国が迫っていたことが重なり大変困った状況でした。

その時知人の紹介で出会ったのが、SUMI INTERNATIONAL のスミさん。もともとはトロント国際空港で審査官をしていたと聞きますが、独立してミシサウガにオフィスを構えていて、とにかく実績が高いと評判がいい方です。

オフィスでお目にかかり、事情を話すと「ちょっと待ってね」と言って席を立ちどこかへ電話をかけているようでした。ものの5分も経たないうちに戻ってくると、「PRカードは今モントリオールの先にあるプロセシング・オフィスにあって、あと1週間もすれば届くということです」と教えてくれました。評判は本当でした。こうして現在(2018年)まで3回の更新をお願いしています。

更新は、申請前の5年間で730日カナダで生活していることが条件。普通に暮らしていれば約2年はそれほど大きな問題にはならないはずです。受理されるまで平均で3カ月強かかるので、有効期限の4カ月前には準備を始めると良いでしょう。PRカードは移民の身分を証明するものなので、失効するとカナダ国境を越える時に問題が起きます。更新申請後は手持ちのカードの有効期限内であれば出入国はできますが、カナダ国外で失効しないように注意が必要です

カードの更新ができない(PRカードが失効)状態でのカナダ入国は法的に保障されています。ただ「次回までに移民ビザの返納をするかどうかの決定をしてください」と言われるようです。カナダに住んでいないのですから当然ですね。

一生をカナダで暮らすのであれば、市民権を取得することを考えても良いでしょう。日本は2重国籍を認めていないので、法律通りの解釈では「日本国籍の返納」という手続きになることも頭に入れておく必要がありますが、実際に市民権取得と同時に日本国籍返納を求められたという人に出会ったことはありません。

私は移民という現在のビザ・ステータスのままPRカードを更新し続けることになると思います。

結論

海外旅行すら減少傾向にある現在、よりハードルが高い移住にどれだけの人が興味を持っているのかはわかりません。ビザは多分にプライベートな部分と関わるため、オープンに話される機会が多くないかと思います。

昔話ではありますが、何かの役に立てれば幸いです。

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